社会学教授 赤川学×NOZZE.代表 須野田珠美
対談 結婚の◯◯学「第2回目 : 結婚の社会学 -前半- 」
(結婚アテンダント公式テキスト第1章 「非婚化、晩婚化」日本の現状)
本当に結婚はコスパが悪いのか?!結婚をすると得られるものとは(前半)
東京大学で「社会学」の講義をおこなう東京大学大学院 人文社会系研究科・文学部 教授の赤川学(あかがわ まなぶ)先生。先生は社会学者・歴史社会学、人口減少社会論を中心に大学で教鞭を取り、この分野の著書も多数あります。
ご自身が学生結婚をされ、その際に「ヒモ」だったという経験もあり、銀婚式を済まされた、これまでの結婚生活のエピソードも興味深いです。その赤川学先生に「結婚の社会学」について伺いました。
「社会学」から見た結婚の諸問題とは
須野田:本日は、東京大学で「社会学」の講義をおこなう、赤川学教授にお越しいただきまして、『結婚の社会学』というテーマで、婚活中の皆様や結婚を迷っている方に向けて、現実的なアドバイスをしていただきたいと思います。
赤川:宜しくお願いいたします。
須野田:赤川先生が講義されている社会学の中では、「結婚」はどのような段階で位置付けられていますか?
赤川:私は社会問題の社会学、という堅苦しいテーマで行っているのですが、社会問題にはいろいろなものがあります。環境問題、政治問題、差別の問題など様々あり、私が基本的に考えているのは、社会問題を人々がどのような社会問題として語るか、例えばどのような問題を原因として設定するかということで、解決策も違ってきます。そのようなことを研究の対象にしていまして、元々は少子化の問題や、それから「性」の問題。それに関して人々が社会問題化する過程、プロセスを研究していましたので、結婚は直接的に研究してきたわけではないのですが。
須野田:性の問題の中に結婚という問題も存在しているわけですね。
例えば今、晩婚化・非婚化と日本では言われていますが、ずばりその婚姻数が減少している原因はどこにあると思いますか?
赤川:
そうですね。これは、ずばり答えるのは難しいところがありますが、大きく分けて二つの考え方があると思います。
一つは、経済学の先生や、政府の少子化対策を考える人たちが言うのは、結婚したくても出来ない状況があるということ。例えば、女性が仕事と子育ての両立をしづらく、男性の給料が低く非正規雇用になり、状況が悪いから結婚出来ないという説明をされる方が一定数おられる。私は社会学という立場から研究してきて、割と歴史的な変化を見ようと考えているのですが、一言で言うと人が結婚しなければいけないという規範ということなのでしょうか。みんな結婚するものだ、誰もが恋愛するべきだという、そのような考え方が弱くなってきている、ということがベースにあるのかと思います。
もう一つは、そういう一方で、結婚や出産や子育てに対する人々の期待、期待値が高くなっていて、それが故にかえって結婚や出産が難しくなっている、のではないかと思います。
須野田:特に日本の場合は晩婚化、非婚化による少子化との絡みが、強い割に労働形態からして、女性が子育てをしづらいとか、結婚しづらいのも事実ですよね。
それを、特にクローズアップされている割に、政策が追い付いていないということもありますね。
赤川:もちろんそうですね。政策的にはいろいろスローガンはあるのですが、実際に人々が動かないということですね。その点が一番強いのだと思います。社会学の場合はどちらかというと、人々が実際に何を考えているのか、どう行動しているのかを見ているので、政府系の方が言う理論と少し違う話になってきますね。
「上昇婚・同類婚・下降婚」とは
須野田:ノッツェ.にもたくさんいらっしゃいますが、高学歴高収入のアラフォー世代の女性が増えていますよね。結婚を考えてご入会されますが、ふと周りを見ると、自分が納得出来るような男性たちはすでに結婚をしている…となります。
先生は女性の結婚を上昇婚、同類婚、女性下降婚、いわゆる格差婚、の三つに分類されていますが、こちらについて説明していただけますか。
赤川:まずは、自分が女性だった場合に、相手の男性にどういう学歴や収入を求めるか?で分類しています。
例えば、自分が高卒だったら、大卒の男性がいい、という形になるのが、女性上昇婚といいます。そして、自分と同じ学歴を求めるのが同類婚、自分よりも下の学歴を求めるのが学歴に関する下降婚。上層婚や同類婚は人類社会では普遍的だと考えられています。男女の社会的な地位が違っているのが前提で、かつて大卒というのは男性ばかりで、高卒の女性との組み合わせはよくあったわけです。そして、上昇婚をするのが規範になっている社会だと、男女に地位に差があるほうが結婚しやすいということなのです。それが、男女が平等になり、収入が高い女性が出てきて、上昇婚の規範が残っていると、結局女性で一番収入の高いハイクラスで、男性で収入が低い人と結婚しにくくなるという現象が発生します。
須野田:今は男性が300万円クラスの年収と言われている時代ですよね。
そうすると、自ずと選ばれない男性が増えてきて、女性も本来は300万円と300万円が結婚すると、600万円世帯が十分成り立って、そこで自宅の購入や、子育ても分担すれば出来るのですが、女性はどうして学歴や地位が上の人を求めたいという欲求が生まれるのでしょう。
赤川:いろいろあるのかと思いますが、どうも恋愛相手と結婚相手は、また少し違うという基準が発動するようで。例えば、学歴や収入を問わずに付き合っていたとしますよね。自分より収入が低い男性と付き合う女性は、いるにはいると思いますが、そういう方がいざ結婚となると、本人は結婚をしたいと思っても、周りがやめておけと言うことが結構あると聞きますね。親も、会社の上司もそうですし。あるいは自分の友達を見渡しても、他の友達がステイタスのある男と結婚しているのに、自分だけプータロー(無職 )を選ぶのはどうなのかと歯止めがかかる、ということもあるのだと思います。
須野田:では、男性はどうなのでしょう。
男女を問わず、相手に求める結婚の条件とは?
赤川:やはり、変わってきていますね。かつては、はっきり言って女性に何も求めていなかったという…。
須野田:まあ、食事を作ってくれて、掃除してくれて、子どもを生んでくれれば…ということでしょうか。
赤川:そうですね。それは女性が専業主婦で、男が一人で稼いできて、そのような社会であれば女性に求められるのは、家事・育児・きれいさ・セックスとなるわけです。ところが、男女平等の社会になってくると、男性の中にももちろん様々な格差が生まれ、女性の中にも収入の高い人低い人が出てきます。そうすると男性の中でも、例えば結婚しても仕事をやり続けて欲しいという人も出てきます。そこから先は、仮に男女平等の社会になったとして、上層の男性と下層の女性、上層の女性と下層の男性がランダムに結婚し合うようになると、収入は大体同じくらいになるのですね。 ところが、上層の女性が上層の男性と結婚して、下層の女性は下層の男性と結婚することになると、格差が開いていく問題も生まれてきますね。
結婚はコスパが悪い?!
須野田:若い男性に、「結婚をなぜしないのか?」と訊くと、コスパが悪いと答える方も。それは確かに言えると思いますが、今の日本の社会現象から見た、“結婚はコスパが悪い”という一番の原因は何でしょう。
赤川:コスパで考えるようになっていること自体が、もう罠なのですね。
特に経済学系の方は、そのような議論をよくされますが、例えば女性が出産で退職した場合に、生涯二億円のお金(機会費用)を本来稼げるところを稼げなくなると、損をした気になるわけです。それから、相手の男性選びにしても、得か損かという話になると、結婚をするほうがかえって面倒くさいという考え方になっているのですね。それでいいという考え方ももちろんありますが、その分をコスパで考えると結婚って面倒くさいものです。実際には結婚してから大変なことも多いですよね。
須野田:でも、健康的な生活が維持出来ないとか、精神的な不安など一人でいるコスパの悪さもありますよね。
赤川:そうですね。典型的には二人いれば、めしを食えるということで、結婚することで少し家計が楽になるという考えがかつてはあったと思います。結婚をして生活水準が上がっていくことはありましたが、今はほとんどなくて、そうすると、精神的な安定ということになるでしょうか。それは相手次第ですね。恋愛していて、それでとりあえず自分が安定していると、結婚しなくてもいいという人も出てきますし、それこそ一人でいても、猫と一緒にいるほうがいいという人もいますね。
須野田:そのような難しい世の中でも、なんとか結婚する方法がないかと模索している方たちに、今の時代の結婚戦略、先生のお考えをお伝えいただけますか?
赤川:そうですね、今の話の流れで言うと、相手に完璧な条件を求めることを諦めるという話になりますね。昔で言うと、三高という、高収入・高学歴・高身長でした。現在は、それにイケメンが入り、さらに最近はイクメンが入り…。
須野田:まずは、自分を棚上げせずに客観的に見ること、そして、相手に対する要望とのバランスをとらないといけないですよね。
赤川:私は、モテない立場の男として研究してきたのですが、女性のことはあまりよく分からないです(笑)
須野田:きれいな奥様と結婚されて…。奥様のほうから言われて結婚したのですよね。
赤川:いや、言われた訳ではないのですが…奥さんの両親から結婚するようにと。
須野田:すごいじゃないですか。ご両親を味方にして。
赤川:ですので、結局相手に求める水準を下げるしかないということですね。
須野田:どこを下げるかですよね。
赤川:それで、例えば、収入の高い男子ではなくとも、家事・育児をやってくれるほうがいいとか、自分の精神的な支えになってくれるほうがいいとか、というのはあり得ますね。
須野田:その場合は、親や周りの友達との比較との軋轢から解放をされて、自分は自分の結婚のスタイルでいいと、しっかりと心の軸を置かないと、人に言われることによって左右されますよね。
赤川:それはそうだと思いますね。
「アカヒモ」だった私…
須野田:先生はご自分を「アカヒモ」だったとおっしゃいますが、「アカヒモ」とは?
赤川:「アカデミック・ヒモ」という概念です。
大学を卒業して、大学院に入り、研究者になったり、企業に勤めたりするわけですが、大学院生でいる間は本当に金が無いのですよね。授業料も払わなければいけないですし、研究自体にもお金が掛かります。実は私自身が「アカヒモ」でした。私が結婚したのは24歳の時で、周りの、特に妻の父と母のプレッシャーがあり…。妻とは学生結婚で、それから妻は働きに出て、私は大学院生になり家で研究し、一年間は被扶養家族でした。実際にヒモだったのですよ。
須野田:普通だと、奥様のご両親が、相手が職についてから結婚しなさいと言いますよね。先生の将来性に期待されたのでしょうか。
赤川:こういう公共の場で言うのは…(笑)。
簡単に言うと学歴を見てでしょうか。私の研究はやっていても一生どうなるか分からないわけですよ。社会学自体が人の役に立つか分からないですから。結局自分の興味で、研究したいテーマで一生やっていくという、変人戦略ですよね(笑)。その部分だけを見ずに、学歴を見て、いずれなんとかなるだろうと、期待してくださったのかもしれないですね。
須野田:それが、バックから支えてくださり、援護射撃になり、ご自身もそれでいいと思われたのでしょうか。
赤川:そうですね。私のこだわりは全く無かったです。結局、一緒にいることのほうが大事ですから。
須野田:それで、幸せなご夫婦となられて、もうどのくらい経たれるのですか?
赤川:そうですね、26、7年です。
須野田:それは素晴らしいですね。銀婚式も終えられて、あとは目指せ金婚式ですね、ちょうど折り返しの地点で。こう言っては何ですが、普通のコスパから見るといい結婚ですよね。その中でも、幸せな結婚というのは、どのような努力をされてきたのでしょうか?あるいはどこが違うから、そのような結婚をなさっているのか、一番みなさんが訊きたいことかと思うのですよね。
赤川:結婚してから分かったことがいろいろありますね。私は結婚をするかしないかはどうでも良かったのです。結婚すると相手の人生を引き受け、人生をお互いに責任持つという感じですね。時には仲間になったり、仕事の愚痴があったり、失敗したりしてもそれを応援するような役割。そのような関係を結婚してから作っていった気がしますね。
須野田:では、奥様とはいろいろなことを話す、お友達のような関係なのでしょうか。
赤川:ほとんど守秘義務以外は、すべて話していますね(笑)
須野田:先生がアカヒモでも、奥様が働いて精神的に支えることで仕事がしやすくなり、ご夫婦の中でのお互いの力関係が段々と対等になり、さらに先生が仕事を頑張れるという感じですよね。
赤川:妻は私の仕事については、一切口出しはしないですよ。好きにしてくれという感じで。その分、私も好きにやるからと言っています。
赤川学(あかがわ まなぶ) プロフィール
赤川学(あかがわ まなぶ)
東京大学大学院人文社会系研究科教授。
1967年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科社会学専攻博士課程修了。博士(社会学)。専門は社会問題の社会学、歴史社会学、セクシュアリティ研究、人口減少社会論。
著書に『子どもが減って何が悪いか!』『これが答えだ! 少子化問題』(ちくま新書)、『明治の「性典」を作った男: 謎の医学者・千葉繁を追う』(筑摩選書)、『セクシュアリティの歴史社会学』(勁草書房)、『社会問題の社会学』(弘文堂)など多数。